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宮崎地方裁判所延岡支部 昭和33年(ワ)9号 判決 1960年2月29日

原告 国

訴訟代理人 小林定人 外三名

被告 後藤作次郎

主文

訴外株式会社麻生組が昭和三〇年五月二日別紙第二目録記載の建物を被告に譲渡した行為は、金二二一、九四一円の範囲においてこれを取消す。

被告は、原告に対し金二二一、九四一円及びこれに対する昭和三三年二月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原として、左のとおり述べた。

一、訴外株式会社麻生組は、昭和三〇年五月二日現在別紙第一目録記載の通り昭和二九年度、同三〇年度法人税、源泉徴収所得税及び同加算税、利子税合計二二三、四五一円を滞納しているところ、原告は、その後差押していた動産の公売により公売代金一、七〇〇円より滞納処分費一九〇円を控除した一、五一〇円を滞納国税に充当したので、滞納額は、二二一、九四一円となつた。

二、しかるに右会社は、昭和三〇年五月二日、他に前記滞納国税を担保するに足る十分の資産がないのにかかわらず、右国税の滞納処分による差押を免れるため故意に別紙第二目録記載の建物を被告に譲渡し、被告はさちに右建物を訴外砂川義太郎に、同人はさらに訴外甲斐シズ子にそれぞれ譲渡した。

即ち本件譲渡当時訴外会社の資産としては、別紙第二目録記載物件のほか目星しいものとてなく、これにひきかえ当時多数の債権者に対し合計約二二、〇〇〇、〇〇〇円余の負債を有し、かつそれら債権者からしきりに履行の請求を受けていたような状態にあつたもので、このような状況において訴外会社は唯一の財産たる本件建物を誰一人の債権者たる被告に譲渡し、その結果無資力となつたもので、その上右訴外会社の事実上の運営者であつた専務麻生正義は被告の女婿であることを合せ考えれば、訴外会社の右行為はまさに原告等の利益を害せんがために故意になされたものというべく、かつ被告の悪意も充分に推測できるところである。

三、よつて原告は国税徴収法第一五条にもとずいて、前記訴外会社のなした別紙第二目録記載の建物の譲渡行為を租税債権二二一、九四一円の限度で取消し、物件の返還に代えて右租税債権相当額二二一、九四一円の損害金とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三三年二月九日から右金完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、被告の抗弁事実中第二の二中訴外会社が被告に対して有していた債務の代物弁済の用に供した本件物件の代価が、相当代価であること、第二の五の中、原告が被告主張日時主張の貨物自動車を差押えたことはいずれもこれを認めるがその余の事実はすべてこれを否認する。

原告において訴外会社が他に何等の財産なく、本件譲渡行為の結果無資産となつたことを覚知したのは昭和三一年一月二五日である。

第二、被告訴訟代理人は原告の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として左のとおり述べた。

一、原告請求原因事実中第一項は不知、同第二項中原告主張日時被告が訴外株式会社麻生組から同会社所有の原告主張建物を譲受け、被告が更に訴外砂川に譲渡した事実、訴外麻生正義が被告の女婿である事実は認めるが、主張建物を訴外砂川から訴外甲斐シズ子に譲渡したかどうか訴外会社が原告主張のような負債があつたかどうかは、不知、その余の事実並びに第三項の事実は否認する。

二、抗弁として被告は訴外会社麻生組に金二、三八〇、〇〇〇円余の貸付金があり、その返済が延々になつて困つていたところ、昭和三〇年四月末頃同訴外会社の代表取締役麻生一義が被告宅を訪ねて被告からの借入金の返済に窮しているので本件の建物(当時この価額は三、〇〇〇、〇〇〇円以上に見積られていた)を右債務の代物弁済として提供したいから一承諾してほしい旨の要請があつたので、これに応えて譲渡を受けたものであつて訴外会社が差押を免れるため故意にその財産を譲渡したものでもなければ勿論被告がその情を知つて譲受けたものでは断じてなく善意の取得である。

三、仮に右主張が容れられないとしても、被告が本件の建物を訴外会社から譲受けた後に訴外砂川義太郎外数名の訴外会社に対する債権者等から恰かも被告が訴外会社に対する債権につき故意に訴外会社財産を代物弁済として提供せしめその弁済を独占したかの如き抗議が出たので被告は右訴外人等の抗議の趣旨を諒として債権者会議を開いて話合いの上形式上は本件建物は勿論その他同時に譲受けていた訴外麻生一義個人所有の本件建物の敷地並びに地の建物を含めてその一切を訴外砂川等に金七〇〇、〇〇〇円で譲渡したことになつているが、それは手続上の問題であつて真実は訴外砂川等から前述のごとき抗議が出て始めて被告自身の外にも多数の債権者が存在することが判明したので一応被告が訴外会社から代物弁済として譲渡を受けていた本件建物を含む一切の不動産の譲渡契約を解除して訴外会社の財産として回復せしめて改めてその一切の不動産が訴外砂川等に譲渡されて被告はその債権額金二、三八〇、〇〇〇円に比例する配分金として金七〇〇、〇〇C円を受領しておるのであるから被告に対する譲渡行為を取消し、且つ財産の返還にかわる損害の賠償を求める本訴請求は失当である。

四、仮に右主張が理由ないとしても、詐害行為の取消は総債権者の利益のためにその努力を生ずるのであつて、換言すれば取消によつて債務者に復帰した財産より債権者が平等の割合で弁済を受けることをもつて目的とするものである。従つて取消権者が自己えの引渡を請求する場合にも自己独り弁済を受けるためにのみ直接これを請求するものにあらずして他の債権者とともに弁済をうけるためにのみ自己への引渡を請求し得るのであるから本件譲渡行為を取消し且つ賠償として自己の債権のみ独り全額弁賞を目的とする本訴請求は失当である。何となれば原告の本訴請求の債権は総額にして僅かに金二二一、九四一円に過ぎなかつたというのであり、これに反して被告が訴外会社に対して有していた債権はその元金のみを以つてしても金二、三八〇、〇〇〇円であつて一〇倍以上の額であるから若し原告の本訴請求が許容されるとすれば原告はその債権全額について弁済が得られることとなるのに対し被告は金七〇〇、〇〇〇円から前示金二二一、九四一円を差引いた金四七八、〇五七円のみの支払しか得られないこととなり極めて不合理不公平な結果を生ずるのであるからかかる公平の法則に反する原告の本訴請求は許さるべきでない。

五、仮に右抗弁が理由ないとしても、原告は昭和三〇年九月二二日訴外会社所有の貨物自動車見積価格金六四〇、〇〇〇円相当のものを差押えておきながら、右差押物件につき同年一二月二日訴外日同砕石株式会社の代表者水田認からさきの所有権移転登録の承諾書は錯誤に基くものであるとの理由により再調査の請求をなしたところ事実調査の結果右再調査の請求を理由ありと認めその差押を解除したのは不合理である。即ち原告は折角訴外会社の財産に属する前示貨物自動車を差押え、しかもその見積価格によるとその公売価格によつて原告主張の滞納国税はその全額を完済し得た筈であつた。然るに原告は単なる訴外水田の再調査請求に対し真実を極むるため訴訟手続によることもなく、たやすく水田の請求を鵜呑みにして差押を解除したために折角の取立の機会を逸する結果となつたのであるから、かかる重大なる過失によつてその取立可能の事態を強いて不能に陥入らしめた原告が本件詐害行為の取消を求むることは不当である。

六、仮に右抗弁が理由ないとしても原告は、正昭三〇年五月二日本件建物が被告に譲渡され、ついで被告から訴外砂川に譲渡された直後に譲渡所得税の徴収上これらの譲渡の事実を調査し同年九月頃取消の原因を覚知していたのであるから覚知したときから二年間取消権を行使しなかつたことにより時効によつて取消権は消滅しているのであるから被告は昭和三三年二月一八日午後一時の本件第一回口頭弁論期日において右消滅時効を援用すると述べた。

第三、証拠<省略>

理由

一、訴外株式会社麻生組が昭和三〇年五月二日別紙第二目録記載の建物(以下本件建物と略称する)を被告に譲渡し、被告が更にこれを訴外砂川義太郎に譲渡したこと訴外麻生正義が被告の女婿であることは当時者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証、第二号証、第三号証の一、二、第四号証乃至第六号証、第七号証の一、二、第九号証乃至第一五号証、証人人大平悟同砂川義太郎同岩崎稲美、同笹田博子同麻生一義(一部)の各証言を綜合すると、訴外株式会社麻生組は、昭和三〇年五月二日当時別紙第一目録記載の通り昭和二九年度同三〇年度法人税、源泉徴収所得税及び同加算税利子税合計二二三、四五一円を滞納していたところ、原告はその後訴外会社に対する差押動産の公売処分による公売代金を右滞納国税に充当したので滞納額は二二一、九四一円となつたこと、一方昭和三〇年五月二日当時訴外会社は、被告を含む多数の債権者に対し合計約二二、〇〇〇、〇〇〇円の負債を有し債権者からしきりに履行の請求を受けており、被告に対してだけでも約二、三〇〇、〇〇〇円の負債があつたこと、それにひきかえ資産としては本件物件以外に目星しいものとてなかつたこと、訴外会社の事実上の運営者は麻生正義であつたこと、本件建物の譲渡の結果訴外会社は無資力となつたことが認められる。

右認定に反する証人麻生一義の証言の一部はたやすく措信できないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そして右認定事実と前記争のない事実とを合せ考えれば訴外会社の被告に対する本件建物の譲渡は原告を含む債権者を詐害する意思のもとに行つたものと推定するのに十分である。

二、第二、の二の抗弁について

被告本人尋問の結果によれば、右抗弁事実に添う供述をするけれども、これは後記認定事実と対比してたやすく措信できない。むしろ成立に争いのない甲第三号証の一、二、第四号証、第九号証、を綜合すれば、本件建物の譲渡に当り、訴外会社の専務麻生正義は、被告方を訪れ、同人に対し、訴外会社の負債を明らかにし、本件建物を他の債権者に取られれば、麻生一家は住むに家なき状態に立至るため、この際親戚である被告に代物弁済として本件建物を提供し、その建物を引続き麻生家に使用させて貰いたいとの趣旨の申入れをなし、被告はこれを了承して本件建物を譲受けたものであることを認めることができる。

右認定を覆して他に被告主張事実を肯認するに足る確証は見出せない。

ところで、訴外会社が被告に対して有していた債務の代物弁済の用に供した本件物件の代価が相当の代価であることは原告の自認するところであるが、前認定のごとく多数の債権者を有し訴外会社の全財産を以てしても到底これが弁済をなすことができない場合に多数債権者より債務履行の請求を受けているにかかわらず訴外会社が被告に右事情を打明けて了解の上唯一の財産にもひとしい本件建物を代物弁済として提供するが如きは、その提供した代価が相当の代価であつたとしても、他の債権者の利益を害せんがために故意になしたものであるから、詐害行為を組成するものというべきである。

そうだとすると被告において訴外会社が詐害の意思をもつて譲渡すことの情を知つて本件建物を譲受けたことは明らかであるから、被告の右抗弁は理由がないので採用できない。

三、第二の三の抗弁について

成立に争いのない甲第二号証第三号証の二第九号証第一〇号証証人大平悟同砂川義太郎の各証言を綜合すれば、昭和三〇年七月頃訴外会社に対する債権者等十二、三名が債権者集会を開き債権の回収について対策を練つたが、この際本件建物が被告に譲渡されていることを知り、その後債権者たる訴外砂川義太郎外数名が債権者の代表として本件建物の現状回復方を被告に交渉したが、被告はこの申出を拒絶したことを認めることができる。ところが成立に争のない甲第一〇号証第一六号証と証人大平悟同砂川義太郎の各証言を綜合すれば、一方債権者である訴外大平悟は、本件家屋につき被告を相手方とし、宮崎地方裁判所延岡支部に対し詐害行為取消請求の訴を提起し、かつ処分禁止の仮処分をしたが、被告との示談により訴外会社に対する貸付金一、一一〇、〇〇〇円の内七〇〇、〇〇〇円を返済して貰うことに話合いがつき、右訴訟を取下げ、かつ処分禁止の仮処分を取消したこと、然し同人はなお万全を期するため昭和三〇年七月二七日本件家屋について、所有権移転請求権保全の仮登記を受けた。

ところが訴外砂川義太郎から右大平に対し、大平と被告との示談にもとずく七〇〇、〇〇〇円を支払うから右請求権保全の仮登記を抹消してくれとの申入れがあり、大平はこれを了承して砂川から右七〇〇、〇〇〇円を受取り、同年九月一九日右仮登記を抹消したので、同日砂川は直ちに本件家屋を被告から七〇〇、〇〇〇円で譲受け、その後これを訴外甲斐シズ子に譲渡したことが認められる。

以上の事実関係からすると、砂川は完全に本件家屋の所有権を取得し、他の債権者に対しては全然支払をしてないのであるから本件家屋が訴外会社の財産に回復されたとする被告の抗弁は理由がないものというべきである。

四、第二の四の抗弁について

詐害行為の取消は総債権者の利益のためにその効力を生ずるから特定の債権者は優先権のない限り平等の割合をもつてこの利益より弁済を受くることを得るに止まること被告所論の通りであるが、然しながらそれは一般債権者が詐害行為の取消の結果につき平等の割合をもつて弁済を受くべき法律上の手続をとることを得べく、かかる手続に出でない場合は平等の割合をもつて弁済を受くることを得ることを意味するものであつて、決して詐害行為取消権を行使した債権者が勉の債権者と平等の割合を以つて受益者又は転得者に対しその受けた利益又は財産の返還を請求し得ることを意味するものではない。すなわち債権者は他に債権者がある場合にも、自己の債権額全額を標準として取消権を行使しうるものである。

従つて原告の本訴請求を自己独り弁済を受けるためにのみなした不公平不合理な請求とする被告の抗弁もまた理由がないものといわなければならない。

五、第二の五の抗弁について

原告が昭和三〇年九月二二日訴外会社所有の貨物自動車(見積価格金六四〇、〇〇〇円相当)のものを差押えたことは当事者間に争いなく、成立に争のない甲第一七号証の一、二、第一八号証証人蓮沢の証言によれば、右貨物自動車については、昭和三〇年一二月一日訴外人同砕石株式会社の代表者水田認から所有権者名が相違していることを理由に再調査の請求がなされたので所轄庁たる延岡税務署としては係官が同車の買受先である日向市所在の宮崎日産自動車株式会社富高営業所に臨場し、同営業所長に面接調査の結果右貨物自動車は訴外株式会社麻生の所有でなく、訴外日向砕石株式会社の所有であることを確認た結果昭和三一年一月二五日付で当該貨物自動車の差押を解除した事実を認めることができる。

右認定に反する証人麻生一義の証言はたやすく措信できないし他に右認定を覆して被告抗弁事実を肯認するに足る証拠はない。果してそうだとすると所轄庁としては国税徴収法三一条の二の規定に則り、所定の調査を遂げた結果差押の解除をなしたもので、被告主張のごとく水田の言を鵜呑みにして差押解除の挙に出でたものでないことは明らかであるから、被告の右抗弁も理由がないものとして採用しない。

六、第二の六の抗弁について

消滅事項の起算点となる民法第四二六条前段に所謂「取消の原因を覚知したるとき」とは本件の場合国において納税者の行為が租税債権を害し、かつ納税者が悪意であることを知つた時と解すべきところ、被告本人尋問の結果によれば、本件建物の譲渡所得税のことで延岡税務署から呼出があり聴取書をとられたことがある、それは本件建物の所有名義を訴外砂川に移転した年ではなかつたかと思う旨の供述があるが、一方証人蓮沢弘の証言によれば右と否定的な供述があつて、右被告本人尋問の結果は、にわかに措信できないし、他に被告抗弁事実を裏付けるに足る確証がない。

果してそうだとすると原告において昭和三〇年九月頃取消の事実を覚知したことを理由に消滅時効を援用する被告の抗弁は理由がないので採用しない。

七、以上のとおりとすると、原告の訴外株式会社麻生組が昭和三〇年五月二日別紙第二目録記載の建物を被告に譲渡した行為は金二二一、九四一円の範囲でこれを取消し、本件取消の目的物たる建物は不可分物であるから財産の回復に代え右二二一、九四一円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和三三年二月九日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求はすべて理由があるからこれを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柏木賢吉)

別紙第一目録<省略>

第二目録

延岡市幸町七二番

家屋番号 東畑第一二四番の三

一、木造瓦葺二階建 店舗

建坪 三〇坪七合四勺

外二階 三〇坪一合四勺

以上

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